山の神とオコゼの話 参考文献 南紀雑筆 椿の葉巻 著者雑賀貞次郎 昭和13年5月19日

この、お伽草紙(おとぎそうし)の「オコゼ」は、まだ誰の作とも、また成立の時代が何時頃なのか分からぬようであるが、話しの筋はザッと書くと

山の神は春のうららかさに浜辺へうかれ遊びに出て、山の奥では見なれぬ事どもに興じて歌などよみ。あちらひちらをさまよい歩くうち、ふと、おこぜの姫で魚の中ではたぐいなき優人が十二ひとへをきて、波の上に浮び出て、春の遊びにあづま琴をかきならしているのを見つけ一目でフラフラとなってしまった。

水ごころ知らねば近寄ることも出来ず、浜辺から手招きしたが、おこぜ姫と伴の魚たちは見るものありと海の底へ隠れてしまったので、山の神は空しく山へ帰ってふさぎ込んでいろところへ、獺(カワウソ)がきた。

お前は水の中へも行けるからと木の皮に恋文を書きおこぜ姫の許に届けてもらう。おこぜ姫は初めはそれに手にも触れなかったが、獺(カワウソ)に口説かれて読んだ上、「 わが身は青柳の糸、君は春風にて御いり候はん○と、思ひおきまいらせ候」と靡(なび)くという返事まで書いてしまった。

これを聞いた蛸の入道、それがしが度々文を送るにおこぜ姫は手にも取らず投げ返し、山の神に返事するとは怪しからず、法師の身なればとかくあなどりての仕業であろう、押寄せて踏み殺せと烏賊の入道、あしたこ、手長蛸、くもたこ、いひたこなど一門を召し集め、早押寄せんと ひしめきたりけりだ。

これを知ったおこぜ姫は、このままこの所にいるよりは山の奥に隠れるがましと波の上にうきあがり、山の奥へのがれ山の神と比翼の契りを結んだ。

という簡単なもので、

絵は山の神が浜辺を見ているところ、おこぜ姫が琴をひいているのを山の神が見たところ、山の神が 獺(カワウソ)の前で文を書くところ、獺(カワウソ)がおこぜ姫の許へ文を持っていったところ、蛸が一門を狩出したところ、山の神とおこぜ姫が結婚するところなど描かれている。

注、○は文字が判読できないもの

注、現代文に修正した。


白浜温泉の旅館、白浜館の主人湯川富三郎氏は先代から紙本の「山の神とオコゼ魚の物語」の絵と詞書を伝え、もとは屏風一双に絵と詞書と別々に貼られていたのを、今は二つの巻物に改装して蔵している。

湯川氏のこの絵と詞書を最も早く注意せられたというより、発見されたのは南方熊楠先生であった。先生は明冶44年2月の東京人類学会雑誌(第26巻第299号)に「山の神オコゼ魚を好むと云ふ事」と題する一文を寄せられ、後これを「南方随筆」(大正15年版)に収められている。略