瀬戸青年会報・第11号・昭和5年1月発行・奉拝記 会計

 草深い我村に聖上をお迎え申して、(原文略、当時の青年団の活躍や村内の状況が手に取るように記載されています)ーーーー。

 銀砂湯と思われる記述だけ掲載します。

 臨海から御坐舟が四双島に至る航路は大体に於いて係りの役人の手に調査され決定されたいたのであるから無論命令通り従事しなければならないのであるが、兼て一部有志より白浜の噴泉をご覧に入れてくれるようにと内密に依頼されておったし自信もあったので、わざと決められた、コースを行かず、ずっと迂回して権現崎の沖まで、ご曳航したとの事である。侍従官から波が荒い危険ではないかと聞かれた時、鍵氏は吃っとして、曰く、「本日は波が荒いので本航路を取ります!!」、そして首尾の目的を達成したのであった。

 「アレハ、何か!!」、陛下のお眼に止まったのである。

 「海中より噴き出している温泉であります」

 時も良く、噴泉が高くふき出していたので、非常に良い眺めだった由。

 一に鍵氏の奇智であり、(後文略)

 昭和4年11月10日

 当用漢字を用い、文章の一部の内容を原文の意味を壊さないように、解りやすく変更した。

 昭和4年6月1日、昭和天皇行幸時の瀬戸青年団会報の奉拝記抜粋。


 2004年2月28日の「時代の移り」の上映会で、この銀砂湯が間歇泉であることが判明した。

 上記瀬戸青年会報の記述で「時もよく、噴泉が高くふき出ていたので、」の記述で、「時もよく」の記述でに疑問をもっていたが、そうなんです。時もよく間歇泉が、その時に噴出したのです。

 間歇泉とは、ある一定の時間がきたら噴出し、一定の時間噴出したら止まるを、繰り返すことです。