大正15(1925)年12月就航の那智丸。1600トン、客室一等36名、二等140名、三等243名、定員243名。 豪華なもので紀州航路の花とうたわれ、大阪、和歌山、御坊、田辺(文里)、串本、勝浦間を急行線とし、毎日就航した。 注、二枚とも那智丸です。

 昭和2(1927)年3月頃、牟婁丸