湯崎の舟遊

天朗(てんほがらか)に浪穏(なみおだ)やかなるの日「濱の湯」の辺(ほと)りより舟を放(はな)ち「崎の湯」の下(もと)を過ぎて南すれば無数の怪厳(くわいがん)海中に散乱し或る者は巨人の座するが如く或る者は猛虎(もうこ)の吼(ほゆ)るが如く千態萬状挙(せんたいまんじやうあげ)ていふ可らず。左方懸崖(さほうけんがい)の下に一洞穴(どうけつ)おり「蝙蝠穴(こうもりあな)」と呼ぶ。昔時(せじ)鉛を堀りたる坑穴(こうけつ)なり。其辺(ほと)りに巨厳の口を開て水を飲まんとするが如きものあり之を「龍口厳(りゅうこうがん)」といふ(此辺りに千畳敷あり)更に進んで「芝雲石(しうんせき)」の奇観を賞し稍(やや)東すれば海中二島あり。高さ各丈余(おのおのじょうよ)長さ拾数間、中間相(ちゅうかんあひさ)距る約三四間、海潮其間を去来(きょらい)し扁舟悠々(へんしういういう)として過ぐ甚だ奇也。漁叟(ぎょそう)呼んで「橋立海門(はしだてかんもん)」といふ。尚ほ東すれば「潮吹(しおふき)」に至る、波濤厳(はとういわ)に激して高く空中に飛散し、轟然爆然雷落(がうぜんばくぜんお)ち砲振(ほうふる)ふ、壮観比類なし。更に進むこと数丁「三段壁」に達す、断崖の絶頂より一條の爆(たき)を現じ直ちに蒼海(ほうかい)に注ぐ、天下瀑布(ばくふ)多しと雖(いえども)も太平洋に向つて直下するもの恐らく此「三段壁」のみならんか。香厳の詩云く「絶壁三段雲出没、飛流百尺雨淋漓」真に人を欺(あざむ)かざる也。進むこと半丁ばかり「五色の洞」あり洞奥深くして未だ探り知る者なしといふ。

行くこと一丁許小島あり、周囲三四十間此島「三段壁」の飛瀑を願望(こぼう)するに宜しく、釣りを垂れて太公望を気取るも可なり。

 海岸に沿ふて舟を行(や)ること数丁にして「長濱」に達す、此濱種々麗はしき小石を産する長濱の五色石とて子女の愛玩する所なり、半日の清遊、感興定めて多からん。