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塔島二夕景色 Photo/2005-05-31
遊灘渡 祇 南海 注、漢字が七つ並んでいます。七言律詩と云うのだそうです。 注、享保18(1733)年4月 13日、和歌山から船に乗り、大崎に仮泊 14日、湯崎の浜に着、森氏方に22日まで滞在。 15日、休息 16日、千畳敷 17日、雨にて宿で医原春庵とともに語り 18日、七境を選んで詩、別に鉛山図二幅を書いて春庵と旅館主へ 19日、白良浜、瀬戸、番所山方面を遊覧 20日、春庵がその二子を連れてきて、明年遊学の以来 21日、南山の僧霊源来訪 22日、春庵及び南部の吏某、本覚寺主らと船遊 23日、船で即日和歌浦に着き帰宅。 寛保2年9月、紀藩国老三浦為恭とともに 延享元年春、夫人とともに
注、鉛山紀行、鉛山七境詩は有名ですが、別に遊灘渡(瀬戸)として漢詩があります。
入江や岩が数多くあり大きな景色で、紀州徳川家初代藩主徳川頼宣公の別邸が桔梗ヶ平にある。 詳細は、時代の移り・明治前をご覧下さい。 |
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